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次世代の豊かさとこれからの建築

shima shima | laCASA 広報
2019.08.01 未来デザインラボ
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ラ・カーサは、未来の暮らしを考える『未来デザインラボ』を日進で運営しています。

 

学生さんとのワークショップ(オープンゼミ)や有識者の方をお招きして講演会(オープンラボ)を行なっております。
今回は、株式会社マウントフジアーキテクツスタジオの原田真宏さんをお迎えしてお話を伺いました。

 

渋谷で話題になった「TRUNK HOTEL」をはじめ、愛知県内では、名古屋で初の公園内複合商業施設となった、名城公園の「tonarino(トナリノ)」など、ソーシャルな空間から個人邸宅まで広く手がけている原田さん。
今回は陶芸で有名な町、栃木県の益子町にできた「道の駅ましこ」の事例を中心に、まちに関わる時に考えたことや、それをどのようにして建築に落とし込み、プロジェクトの実現に向けてのアイデアを仕込んでいったのか。原田さんの考え方や具体的なデザインの手法から、次世代の豊かさにつながる建築の在り方について学びます。

  

Guest Speaker 原田真宏(はらだまさひろ)
株式会社MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO 主宰。大学院修了後、隈研吾建築都市設計事務所に、その後、バルセロナにあるホセ・アントニオ&エリアス・トーレスアーキテクツ、磯崎新アトリエに所属。2004年に「MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO」を設立。建築家として活動しながら、芝浦工業大学の教授、及び各大学の非常勤講師としても教鞭を執る。

 

 

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道の駅ましこ

出典:http://fuji-studio.jp

 

1.益子らしさとは
益子は陶芸の町として知られていますが、それとともに昔から地域研究が盛んで、町の豊かな風土や暮らしを伝えるフリーマガジンも発行しています。これが本当に素晴らしくてクオリティが高い。こうしたところから、「自分たちがこの土地で暮らしているとはどういうことなのか、土地とは何なのか」ということをずっと考えている文化を感じとることができます。

なぜ、益子にそのような文化があるのか。

それには、柳宗悦らによって提唱された民藝運動が大きく影響していて、益子はその民藝運動を育んだ揺籃(ようらん)の地なんです。民藝の歴史とは、その土地での暮らしに必要なものを、その土地の材料で工夫して作っていくこと。その風土の中で人が暮らしていくっていうことを、まざまざと見せつけているのが「民藝」です。そうした歴史の中で、益子の人たちは「自分たちは何なんだ。この土地は何なんだ」と、ずっと考えてきたのだろうと思います。そんな町に新しくつくる道の駅。コンペで与えられたテーマは「益子らしいもの」、それだけでした。

そこで僕たちが提案したコンセプトが、

「風景で作り、風景を作る」

この益子の風景の中にあるもので建築を作り、作られたものがまたさらに益子の風景を作っていく。ということをやったらどうか。「益子らしい」ってシンボルのように決まった形はないけれど、それを探していく風景やプロセスが益子らしさにつながるんじゃないかと考えました。

 

 

 

 

2.風景で作り、風景を作る
益子の風景は、周りを低い山々が取り囲んでいて、合間に大きな田んぼが抱かれています。その真ん中にポツンと道の駅ができるという感じでした。この風景とひとつになって、また新しい風景を作り出すデザインとして、特徴的なのがルーフスケープ。建物の屋根並みです。この屋根の勾配が周りの山並みの稜線の勾配に揃えられていて、さらに三列ある屋根並みが反復するリズムも周りの景色に合わせました。

中に入ると、この山並みが空間の形に反転して、形だけでなくその材質も風景の中にあるものになる。床や壁は地元の土を、梁には地元の杉が使われています。この空間と梁の形が外の山並みと揃っていて、内なのか外なのか続いているのか分からなくなる感じになっています。形も材も、町の風景の中から持ってくる、というのを提案したわけです。

これが僕たちの初めての公共コンペでした。公共建築の実績がない僕たちが採用されるには不利な状況でしたが、「益子らしいって何なんだろうね。建築でそんなことを表現できるのかな」と言っていた町長さんも、僕たちのデザインで町の運命が変わるかもしれないと思ってくれた。審査員の中にもその可能性に期待してくれる人たちが出てきて、僕たちが採用されました。

 

出典:http://fuji-studio.jp

 

 

 

 

3.実現に向けたアイデア
コンペは、地元の材を使うことが要項に含まれていたりしますが、実際に地場の材を使うのは、簡単なようで工夫が必要です。なぜなら町有林から切り出した木材を使えるようにするには乾燥して集成材にする時間が必要で、すべてのデザインが決まって着工してからでは間に合いません。梁断面を一定にすることで早くから木材を準備することができたんですね。
もう一つ、梁断面を一定にしたことには理由があります。それは、実際に運営する人達でしっかりと協議して欲しかったからです。道の駅という空間にはいろんな要素が求められます。売り場もあれば多目的スペースやレストラン、コンシェルジュ的な機能もありますが、これらがどのくらいのスケール感で、どのくらいの広さを必要とするのかは、設計フィニッシュのギリギリまで調整が続くんですね。例えば工芸品売り場をもう少し増やしたいとか、運営に町のいろんな人が関わる分だけ空間の割り振りが決まりにくいわけです。柱の位置を決めて、この割り振りでいきます!ということもできますが、それでは皆で運営し皆で創る空間は実現できません。そこで、梁断面を一定にし、スパン(柱と柱の中心を結ぶ距離)が変わっても、ピッチ(梁と梁の間の距離)で対応するようにしました。スパンが大きいところはピッチを細かく、逆にスパンが小さいところはピッチを大きくすることにしました。これにより、ディテールの設計に大きく影響が出ることなく、実施設計の直前まで、運営する方々が協議することができました。

デザインの意味や理由をその都度、町の人たちに何度も説明していくうちに、皆さんが建築のコンセプトを語れるようになっていました。これってすごく重要なことです。自分たちでつくったという意識を持たせることもプロジェクトには大切な要素です。

また、この地区には綺麗なベージュ色の土壁でできているベーハー小屋と呼ばれる煙草の乾燥小屋が散在していて、益子のひとつの風景になっています。この土壁を床と壁に使いたいと思いました。けれどこの土壁を作る技術がもう存在してないので、山に行って土をとってレシピを作ることから始めました。実際に作業を行ったのは有名な東京の職人チームですが、そこに地元の左官職人も入ってもらい、レシピも公開しました。こうすることで技術の伝承ができ、自分たちでメンテナンスもできるようにもなるからです。その土地の人がその風景を作っていく仕組みも大切だと思うんですよね。

 

出典:http://fuji-studio.jp

 

 

 

4.そこにある開かれた秩序
プレオープンに来た地元の人が、こう言ってくれました。
「益子って、こんなに綺麗なところだったんだ」と。
このコメントは、風景は変わらず、いつものものなんだけど、この建築によって、その良さが見えてきたということなのだと思います。建物の中からも外の風景や営みが見えて、奥に広がる田んぼと手前に敷かれた芝生がつながって、田園のインフィニティみたいなことになっている。そして、レストランで食べているものはその風景から採られているものなんですね。目の前の田んぼでできたご飯を、目の前の土でできた茶碗で食べているという。風景が建築や自分を介してグルグル回っている感じでしょうか。おかげさまで、3年間で想定していた動員数を、1年半で達成することができました。

このプロジェクトを振り返って言えるのは、硬直してしまった既成の秩序ではこれを乗り切れなかったなということ。かといって、秩序がなければ建築としての性能が担保できないわけ。つまり、秩序がないのはダメ。秩序が閉じているのもダメで、開かれた状態の秩序を考えた。それであれば、いろんな人の思いを受け止められます。だから開かれた秩序にすることで、いろんな人の意見を取り込んでいけるしなやかさが生まれ、みんなが味方になってくれるんじゃないかなと思います。」それはどこかから持って来たものじゃなくて、もともとその環境に潜在しているものを掘り起こして、建築の基礎とすることが大事だと思います。どこかから持ってきた原理を落とし込んでいたら反対されていたでしょうね。

 

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Seto

 


1.地域おこしにもなる社宅
ここは瀬戸内海に面していて、そのとなりには尾道があって、とても景色は良いのだけれど平場のない土地でした。斜面にへばりつくように町があるわけですが、この崖の上に40世帯くらいが入れる集合住宅を作って欲しいという依頼でした。どうして僕のところに依頼がきたかというと、町おこしに寄与するような建築が必要とされていたからです。ここは古くから造船業が盛んな町でしたが、製造拠点が海外に移って人口が減っていく中、若い人たちがこの町に戻ってきたいと思えるような、プライドがもてる町になるような集合住宅。造船会社の社宅が古くなったのを機に、地域おこしにも貢献できる新しいスタイルの社宅をということでした。

 

 

 

2.自分たちの暮らすまちを眺めるテラス
建物を上っていくと、海へ向かって開けた大きな屋上広場があって、働いている工場や自分たちの町が見える。それを住人だけでなく地域に開放し、町のパブリックスペースになることを提案しました。そこでラジオ体操をしたり、子供達の遊び場になったり。江戸時代には国見といって、お殿様が小高い丘から自分の領地を見下ろしては、国づくりや将来について考えていたといいますが、それもみんなでできたらいいなと。自分たちの暮らす町を眺め下ろして、お酒を飲みながら将来のことを話し合う。
そのために日常の歩行者通路も整備してデザインしました。地元のあちこちにある里道が建築の各部と接続するようにして、町の人たちが自分の家からも自然とつながってこの場所に行けるような関係性ができるようにしました。

 

 


出典:http://fuji-studio.jp


出典:http://fuji-studio.jp

 

3.実現に向けたアイデア
傾斜のある土地でなるべく大きな広場をつくるには、がけ端からなるべくせり出すことが必要だと考えました。それがどうやって可能になるかというシステムを最初からデザインに組み込んでいました。実現するための構造的なアイデアを最初のデザインの中に仕込んでおくことはとても大事で、構造解析は専門家でないとできないけれど、構造計画は意匠の人間でもできるんですね。構造を考えることは制約ではなくて、デザインをする上ですごく面白いソースになる。それを仕込んでいると、無駄な材料がいらないからコストもおさまりやすくなります。特にこのケースはコストの関係もあって、合理的で無駄のない作りにする必要がありました。それで外壁は仕上げが不要なコンクリートに、金物は自主防錆するコールテン鋼として、メンテナンスをしなくても将来的に風合いが増すようにしています。

一方で、社宅のような高効率な集合住宅では中廊下の両側に住居があって、中廊下が薄暗くなるのが一般的です。これはお金の効率をよくするためですが、中廊下というのは実はもっとも人が出会うポテンシャルがある場所なんですね。そこが薄暗いのは良くないので、中廊下に光を取り込み、いつも風が抜ける気持ち良い空間になるようにしました。他にもいろんな集まり方や交流が生まれるように複数の居場所を散りばめ、造船の町を象徴するような意匠も盛り込みました。町の人たちが利用しやすい環境や、町の財産になっていくような建築とはどういうことかを考えながら計画していきました。集合住宅は効率のために、システムが支配的になる傾向があるけれど、自分がやるならそうならないようにトライしようと思ったんですね。

 

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最後に、僕がやっていること

 

・町を感じる上で大切にしていること。
頭に余計なものを入れず、予断を持たないようにして現場に入ります。方法論さえ状況によって変わるべきだから、どんな形式も思い浮かべずに、なるべくぼんやりとした状態で現場に入って、そこからはとにかく情報の集積を待ちます。充分に情報がたまると、デザインへとかたまり始めるんですね。もちろん、情報が十分に集まっていないと固まらないのだけど、情報が蓄積された後には結晶化が起こるはず。ということをやっています。

 

・仲間を作る上で大切にしていること。
ある方向性や姿勢を持って活動やデザインをしていれば、自然と同じような仲間が集まり、自分たちが必要とする知恵や情報を共有できます。仲間というのは建築家だけではなくて、僕は職人においてもモノづくりのシンジケートみたいなものを育てています。一つの物件で終わらせずに、一緒にやり続けることで互いの理解度も上がり、現場のレベルを上げています。職人と話して聞いた技術が、デザインのソースにもなったりします。

 

・デザインをする上で大切にしていること。
僕がやっているのは「見たことのないスタンダードを作ろう」ということです。僕の作品には、これまであまり見たことのないような形が多いかもしれないけど、それは極端なものや奇抜なものを作ろうとしているのではありません。見たことのない当たり前を実現したいと思って作っているんですね。スタンダードは何が良いかって、時間を超えて受け入れられることです。建築はその時点で終わりではなくずっと残っていくものだから、その場所に豊かさをずっと与え続けられるものであって欲しい。そのためのスタンダードです。その時点での社会の要求に対して答えるだけではダメで、その後に社会が変わったとしても価値を保ち続けていないといけない。世代を超えて、常にそこにあることが自然なもの。それが僕の考える、この先も続くスタンダードです。

 

・ゲーテは名建築を巡るイタリア紀行で、名作となる建築の定義を次のような言葉で表しました。
「市民の要求を叶える第二の自然」と。

僕はその通りだと思っていて、建築は自然の原理も内に持っているべきだと思っています。社会の要求というのは建築を作る動機にはなるけれど、時代が変われば社会の要求とともに変わってしまうわけだから、社会のある時点での動機だけで成り立っているような建築は不要になります。10年経ったらその動機は失われているかもしれないけれど、自然の原理というのはこの先もずっと変わらないですよね。そういうものを作りたいと思って建築をやっています。

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原田さんの益子町の話の中で、“プレオープンに来た地元の人が、こう言ってくれました。益子って、こんなに綺麗なところだったんだ」と。”というコメントがありましたが、私もこれに似た体験をしたことがあります。
私の故郷は Setoがある福山市なのですが、父の実家の尾道市へ墓参りに行くことが多く、それが本当に苦手でした。暗いし、坂道が多いし、道は細いし、ジメジメしているし、蚊は多いし、と言ったところなのですが、ここ数年でその感覚が変わりました。尾道の開発が進み、整備された大きな坂道があり、そこからそれた小さな小道にカフェ、バー、お土産屋さんがあって、坂道を登っていくと、ジャズの音楽が聞こえてきたり、パンやカレーの匂いがするんです。坂道の途中にはベンチがあって、人懐っこい猫がたむろしていたりして。そして、坂の上から尾道水道を見下ろすと、幾つもの船が往来する中、電車がゴトゴト音を立てて進んでいて、蚊は相変わらずなのに、その光景が綺麗だな、心地良いなと感じている自分がいました。この感情の変化は何故か?を考えた時に、以前から自分が懐かしいと思う光景はそこにはあり、よりそれを感じられるような仕掛けがなされているからなのではと思っています。
こうした感覚が、原田さんが最後のまとめで述べられていた「スタンダード」な部分かと思っています。
誰しもが程度は違えども感じる自然なものであり、時代を超えて受け入れられるもの。それは決して奇抜ではなく、日常の中にありながら、けれども中々表立っては見えてこないもの。
ヨーロッパの建築が何故今でも地元に根付いているのか。壊されることなく残っていることには、こうしたことも一理あるのかもしれません。
日々の暮らしの中で見えなくなっている「スタンダード」を表出させ、形にすることが、「嬉しい」とか「楽しい」という一時的な幸福感ではなく、何となく「心地いい」「素敵だな」と感じる中長期的な幸福感に繋がることなのだと思います。

 

 

主催:中電不動産株式会社
協力:株式会社デンソー
企画・運営:未来デザインラボ(株式会社ラ・カーサ、1/ 千、SUVACO 株式会社)

 

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